『自他共に社交的と認識するくらい活動的なわたし。
友達も沢山いるし、休日はいつもスケジュールが一杯。
でも、どんな人と一緒にいても寂しさがなくならない。
この寂しさはどうしたら埋まるんだろう。』
*
実はこれ、昔の私の話です(爆)
当時は自分だけが悩んでいると思っていましたが、同じような悩みを持っている方は沢山いて、カウンセリングでもご相談を受けることが何度もあります。
この寂しさの正体ってなんだと思いますか。
それは
「人とつながりを感じられていない」
ということなんです。
「友達も沢山いて、休日のスケジュールも埋まってるのに、人とつながれてないってどういうこと?」
そう思われるかもしれません。
昔の私自身も、こんなこと言われたら全く納得できてないでしょう。
でも、つながりのなさを指摘されたら、心の奥底では何かが動くはずなんです。
まず最初に感じてもらいたいのは
「つながりを感じられないから誰といても寂しいのかも」
ということ。
そして、
「この寂しさを埋めたいために、沢山の人と会っているのかも」
ということを感じてもらいたいんですね。
実は、この寂しさが最初にあって、それを埋めるために沢山の人とあったりスケジュールを過密にしたりしているのです。
別の言い方をすれば、寂しさを紛らわしている、ということなんですね。
当時の私はまさにそうでした。
寂しさの正体に気づく
この苦しみを解決していくために、まずは
「この寂しさの正体はなにか」
ということについて考えてみたいと思います。
誰と一緒にいても寂しいということは、
「どんな時でも自分が一人だと感じている」
と言えるのではないでしょうか。
では、どうしていつも誰といても一人だと感じるのでしょう。
その正体は、
「自分で自分のことを一人にさせている」
ということなんです。
なんのこっちゃ!と思われた方。
その感想が自然です。
だって、誰かに会ってる時点で一人にさせていませんから。
しかし、ちょっとこんな風に感じてみてください。
深層心理では、誰に会っていても自分が自分を一人にさせようとしてるとしたら?、と。
別の言い方をすると、自分のハートを閉じて人と会っている、ということです。
もしそうだとしたら、なぜこんなことをする必要があるのでしょう。
そして、その答えが
「自分には愛される価値がないから」
だとしたらどうでしょう。
一度、こんな風に感じてみてください。
自分には愛される価値は誤解であると気づく
これは大いなる誤解なのですが、自分の価値をとても低く感じている人はとても沢山います。
日本の全ての人がこのように誤解していると言っても過言ではないほどです。
では、こんな風に自分のことを思っていたとしたら、どうして人と会っていても自分を相手から遠ざけてしまう、ハートを閉じてしまうようなことをしてしまうのでしょう。
愛される価値がないというのは、自分がとても悪い人間だと思っていることが多いのですが、こんな自分を誰かに近づけてしまうと、その人に害が及んでしまうと感じていることがとても多いんです。
こんな自分の正体がバレたら嫌われる、という気持ちもあるのですが、それよりも、もっともっと大きいようなのですね。
もし、この話が本当だとしたら、このことが自分が愛情と優しさを持っている証拠になります。
冷たい人間は、誰かに害が及ぶことを気にしません。
しかし、この話に納得するのはとても難しい。
それほど私たちは自分を責めて、自分の価値を誤解しているからです。
でも、
「もしかしたら自分の愛情と優しさが人に害を及ぼすのを止めたいと、わざわざ人から距離を置いて守ろうとしているとしたら」
もしも、という仮定でもいいので、このことを覚えておいて、思い出した時には自分に伝えてあげる練習をしておくことは、自分を責めるエネルギーを減らします。
そして、誰かと会う機会には、いつもこのことを思い出してみてください。
こんな風に自分の心の中の愛情と優しさに自ら触れてあげる練習を日常でしていくと、その蓄積が、想像以上に自分の寂しさを減らしていきます。
なぜなら、それは本当のことだからです。
次回はこの記事の続きとして、「つながるとはどういうことか」についてお伝えしていく予定です。
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